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広島高等裁判所岡山支部 昭和30年(ナ)3号 判決

原告 三宅忠一

被告 岡山県選挙管理委員会

補助参加人 安原善吉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「昭和三十年四月三十日執行の岡山県児島郡藤田村々議会議員一般選挙における当選の効力について補助参加人安原善吉が提起した訴願に対し被告が同年七月十四日した裁決は之を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因を次の様に述べた。

一、右選挙において、原告は得票数百二十五・五票で当選、右参加人は得票数百二十五票で次点となり落選した。

二、右参加人はこれが当選の効力に関し同年五月九日藤田村選挙管理委員会(以下村選管と略称する)に異議を申し立てたが、同月二十一日棄却された。

三、右参加人は同年六月一日更に被告に訴願したところ、被告は右参加人の得票数を百二十六票、原告の得票数を百二十五・五票と算定し、前記村選管の決定を取消して原告の当選を無効とする旨の裁決を同年七月十四日にして、之を同月二十二日告示した。

四、右裁決の理由は、選挙会において候補者の何人を記載したか確認し難いとして無効とされた投票一票につき、之を右参加人主張どおり同人に投ぜられた有効投票と認むべきものとし、同人の得票数百二十五票に更に一票を加うべきである、というのである。

五、しかし、右係争投票には「」の様に記載されていて、

1、その冒頭は到底「安」とは判読し難く、筆法からいつて寧ろ「奥」の字の崩れたものに近い。

2、他の三字はそれぞれ「原」「善」「吉」を崩したものとは見えない。殊に三字目は一字か二字か判然しない結局四字を以て構成されている様に見えるだけで、孰れも文字としての形態を備えていない。

六、かかる投票は公職選挙法第六十八条第一項第七号に所謂「公職の候補者の何人を記載したかを確認し難いもの」に該当する無効の投票であるといわねばならない。之を補助参加人安原善吉に投ぜられた有効投票と判断した被告の裁決は違法である。

被告訴訟代理人は主文第一項と同旨の判決を求め、原告主張の請求原因事実中一乃至四は之を認めるが、その他は之を争う、と述べた。

(証拠省略)

理由

本件の争点は一にかかつて係争投票たることに争のない検甲第一号証の投票を有効と認むべきかどうかの点に存する。右検甲第一号証の投票用紙には「」と記載されていて、冒頭のものは「奥」よりもむしろ「安」の字と認めるのを相当とするところ、現に開票立会人十名のうち六名はこれを「安」と認めたことは証人金政柳一、八木関雄、宮地正志の証言によつて明らかである。そして右証言によれば本件選挙における候補者のうち「安」の字のつく姓の者は安原善吉一人であり、「奥」の字が冒頭につく候補者としては奥野佐四郎がいたことが認められるところ、右係争投票は四字を書くつもりであつて、五字を書くつもりであつたとはとうてい認められない。これらの事情を考慮すれば、前掲記載中冒頭のものは「安」の字を書いたもので、ただ「女」の字の部分を拙く書いた為、一見して「安」と判読し難いだけであること、ならびに、残りの記載はその形態、記載順序等から推してそれぞれ「原」「善」「吉」の三字を書こうとして明確には書けなかつたものと推定するのを相当とする。けだし立候補制度を採用している選挙の投票である以上、投票は特段の事情の見られない限り、候補者中の何人かに投票されたものとして取扱うべきことは公職選挙法第六十七条により明らかであるからである。もつとも前記証言によれば、選挙会においては係争の投票は結局投票立会人十名の全員一致で無効となつたのであるがそれは右投票を開票立会人が順次点検して第六番目までのものは安原善吉の有効投票としたが、その後の立会人のうち冒頭の一字を「安」と認めることに疑問を持つにいたつたため、選挙長は当初の申合により開票立会人全員の意見が一致しないものとして無記名投票に付したところ、無効とするもの六票、有効とするもの四票となつたので、あらためて開票立会人の意見を求めたところ、右の如く全員これを無効とすることに意見の一致をみたものであつて、かような事実があつたからといつて右認定を左右し難く他にこれをくつがえすに足る証拠はない。したがつて本件係争投票は安原善吉に投ぜられた有効投票であると解するを相当とする。

よつてこれが無効投票であることを主張して被告のした前記裁決の取消を求める本訴請求は失当であるからその他の判断を省略してこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅芳郎 高橋雄一 三好昇)

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